どんな感情で生きていくか、選ぶことができる

感情は選べるって知っていますか?私は1年前まで知りませんでした。

正確に言うと、ヨガや仏教哲学を学ぶ中で、自分の感情をマネージすることができるとは聞いたことがありました。でも、どうやってマネージするかは知りませんでした。

アメリカのジル・ボルト・テイラー博士の研究によれば、私たちの感情が生理的に持続するのは90秒だそうです。https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41w1d3TrWrL._SX298_BO1,204,203,200_.jpg

つまり、何らかの刺激によって化学物質が発生し、心臓がドキドキしたり、頭がカーッとなったりという生理的な反応を引き起こします。そして、興味深いのは、その物質は90秒後には血中からなくなるのだということです。

つまり、90秒を過ぎても怒りや恐れ、悲しみなど何らかの感情に浸っているのなら、それは自分がその状態にあることを選んでいるということです。

こう書きながら思い出すのは、私が夫に対して静かに、でもずっと怒りを感じていたこと。

私はかなり長いこと、夫に怒りを抱いていました。そう、文字通り抱え込んでいました。それも何年も。

その怒りは、私の長年の夢であった国際協力の仕事を諦め、家庭に入ると決めたことに端を発していました。その後、色々ありましたが、決定的に夫へのネガティブな感情を溜め始めたのは、私の二人目の子が欲しいという気持ちを、夫が頑として聞き入れなかったことがきっかけでした。

普段の生活の小さなことは私の気持ちを優先していくれるけれど、人生の大切な決断では絶対に自分を曲げない夫に怒りを感じるようになりました。

その怒りはたまに表に出て爆発することもあれば、自分への攻撃になることもあったし、夫が成功していることを妬む気持ちとして現れることもありました。「いつもどうして私ばっかり…」そんな気持ちがしくしくと心を蝕んでいるようでした。

自分の気持ちが私自身を苦しめていることに、薄々気付いてはいましたが、認めたくありませんでした。なぜか?

苦しい、醜い感情でも、それがなくなってしまったら自分がどうなってしまうか分からないという不安があったからです。ネガティブな感情だって自分の一部です。もしその怒りを手放してしまったら、私は先に進めなくなってしまうのではないかと、心配だったのです。

そして、もう一つは、起きていることが自分自身の問題だと受け止めることは勇気がいることだったということです。誰だって自分で責任を負うよりも、誰かのせいにして責任を押し付けている方がずっと楽なものです。

けれどもある日、気付きました。

夫が私の目を見なくなっていることに。

私が「でも」という言葉を口にする度に、彼の顔に影が射すことに。

夫は私にほとんど触れなくなっていました。私はそれが寂しいと思ったけれど、でも許してしまったら、私が得たいと思っているものを得られなくなってしまうのではないかと心配で、どうにもできませんでした。

でも夫の反応の変化に初めて気付いた時、何かしなければ夫婦関係が破綻するかもしれないと思いました。何なら別れてしまおうかとも考えたことは考えたのですが、息子が父親を失うことは避けたいと思いました。

何とかしなければ。夢を失った上に、家族まで失ってしまったら、私は本当に何にもなくなってしまう…。そうして、真剣に自分と向き合い始めました。

そして山崎千夏さんからNLP を学ぶことを決め、自分の感情は自分が作り出しているものだと学び納得した初日の講義の衝撃は忘れられません。

「全部私だったの⁉︎」

目の前で起きていること、例えば夫の言動や過去の出来事は、事実です。

それを自分のフィルターを通して見て、聞いて、感じて取り込み、何らかの意味づけをして、どんな感情を抱いてリアクションするかを決めているのは、私だったのです。

当然ながら、頭の中に夫はいません。すべて私が一人でやっていることです。けれども、自分の中でそんな一連の作業が行われていることに気付かないほど、その作業は迅速に滑らかに進みます。まるでよくできたコンピューターみたいに。

様々なワークを通して、感情とそれに付随する状態や行動は変えられることを実感し、ステートマネジメントをできることで、いかに楽に生きられるかということを身をもって経験することができました。その後、催眠療法を学んだことで、経験の意味づけや紐付いている感情を自分次第で変えていけるのだと確信するに至りました。

自分の感情はコントロールできないものだと思うことは、怖さや自信を失うことにつながると思います。

どんな人でも、反応にはパターンがあり、そのパターンを把握することで感情も変えていくことができます。こう書くと難しそうに感じるかもしれませんが、そんなことはありません。自分がネガティブな感情を感じた時に、なぜそう感じるのかを客観的に、好奇心を持って覗いてみることが発見につながり、改善につながっていきます。

そう、ご自分に好奇心を向けてあげてください。心の奥に秘めた感情はいつも、あなたに何か大切なことを教えるチャンスを待っていますよ。

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プロとして生きると決めた日

ついに来ました!NLPマスタープラクティショナーとコーチング、タイムラインセラピー®の認定証が、はるばる海を越えてやってきました。これまで大学や大学院の卒業証書以外のいわゆる認定証というものに、あまり思い入れのなかった私ですが、今回の認定証はなぜか妙に嬉しいのです。

この三通とプラクティショナー認定の三通で、合計六通も同時に到着!

それは多分、NLPを学んだことで人生の新たな門出のような気持ちを抱いているからだと思います。キャリア志向だった私が、夢だった仕事を辞めるという選択をして、主婦をしながら出産・子育てし、デンマークに移住して、色々なことを経験するうちに自分というものがよく分からなくなっていた時、NLPを学びました。

そこから、自分がなぜ悩んでいたのかが分かり、あんなに毎日のように悶々と悩んでいたのが嘘のように気持ちがスッキリ。自分が見たいように世界は見えているという本質を知り、それならば思うことはなんでも叶えられるのだということを理論的に学びました。

さらにマスタープラクティショナーまで学んで、本当の自分がどういう人間なのかを理解し、人生のミッションを再確認して、やりたいと思うことを見つけ、その実現へと歩を進めることができました。

今日はお祝いにカフェでお仕事しました 🙂

ですから、NLPとの出会いは、私の人生の再出発のきっかけになったと言えるのです。どんなNLPでもよかったわけではありません。山崎千夏さんという、世界のトップNLPマスタートレーナーから学んだことに意味があったと思います。

トップトレーナーであることだけでも十分すごいのですが、山崎千夏さんは愛にあふれた人なのです。普段ブログなどに書いている言葉は、はっきり真理をついているので、厳しい人なのかな…と思うのですが、実際にお話ししたらすごく熱い愛に動かされている人だということが分かります。世の中の人が幸せで自分らしくあって欲しいという純粋な気持ちがあるからこそ、人に慕われてビジネスも大成功しているのだと思います。そういう点で、私にとっては人として、ビジネスウーマンとしてのロールモデルです。

と同時に、プロと名乗るとはどういうことかをいつも行動で教えてくださいます。コーチとして本当に真摯にクライアントのことを思い、相手にとって必要なことであれば言いにくいこともはっきり伝えて相手の成長にコミットする胆力を持っています。もちろん、それだけのことを相手に言うからには、自分も同じだけできていなければならないわけで、どこから見ても表裏一体であることが求められます。それがどれだけの努力を伴うものか、すぐにサボろうとする私には計り知れないほどでしょう。でもきっとそれすらも楽しんでいらっしゃる気がします。本物のプロってこういう人をいうのだと思います。

私がこう書いていると言うことは、私も千夏さんの持っているそういった部分を手に入れたいと思っているということ。人間、自分の中にない価値観はアンテナに全く引っかからないものです。

そう、どこから切っても同じ顔の金太郎飴みたいに、本音も建前もなく、あるがままの自分が平和で愛に満ちた世の中に貢献するような、そんな人間に私もなりたいです。情熱を持って人生を生き抜きます!

正直なところ、こう書きながらドキドキする自分もいます。進む時には必ず試練がやってくるものだからです。まだまだ楽な方を選びたい私がいます。そして、まだまだ未知の自分、認められていない自分と向き合っていくことになると想像すると、どんな経験が待っているんだろうと思うのですが、それすらも楽しみです。早いところ経験して、あちら側に行きたいので。落ち込んで思考停止している暇はないとマスタープラクティショナーの講義で学びましたから、行動あるのみです。

ということで、私もプロとしての矜持を持ち、NLPコーチとしてプラクティショナーとして、クライアントさんの結果にコミットするべく努力して参ります。そして発信を通して、少しでも多くの方が自分らしく充実した人生を生きるためのお手伝いをしていきます。引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。

今日は嬉しくて独り言になってしまいました。最後までお読みいただき、ありがとうございました!どうぞハッピーで充実した一日をお過ごしください。皆さんの幸せを心から願っています。

* 1月10日まで無料体験コーチングのお申し込み受付中です。本当の想いに気付き、自分らしく充実した人生を手に入れるNLPコーチング。気になっている方は、この機会にぜひお試しください。押し売りはしませんので、ご安心を。
理想の未来に向けて一歩を踏み出すグループコーチング「夢を叶える魔法のランプ」もご参加募集中です。お申し込み・お問い合わせは、こちらからどうぞ。お話しするのを楽しみにしています!

デンマーク的な「和」の尊び方

デンマークに暮らす前、というか日本以外の国をあまり知らなかった頃、ヨーロッパ社会は成熟度が高いということを聞いて、単純に「民主主義の歴史が長いからね」くらいに思っていた。今こう書くと、浅はかすぎて穴に入りたいくらいだが、その頃の私はそんなものだったということで…。

6年と少しこの国に暮らしてみて分かったのは、デンマーク人は個人をとても尊重しているということ。自分が自分らしくいられること、生きたい人生を生きることに妥協しない人が多いと思う。例えば、仕事を始めてみて合わないと思ったら、あっさりやめて違う仕事をする人も多い。何歳でもキャリアチェンジするし、学び直す。パートナーと上手くいかないと思ったら、離婚することもためらわない。人がどう思うかとか、社会的にどう思われるかというのは二の次で、大事なのは自分が満足しているかどうか。

だからと言って、社会的ルールや他人を尊重しない訳ではない。むしろ逆に、そういったことが大切だと考えている人も多くいる。自分が自分らしく生きたいから、他の人も自分らしく生きることを邪魔しない。だから他人を尊重するし、調和を取るためのルールも尊重するという感じ。

日本でも社会の調和や、日常的にも和を大切にする。その方法は、個人が自分を出さずに周りに合わせること。小さい頃からお遊戯をみんなで一緒にして、同じことをして遊ぶ。大きくなれば集団行動をすることが多く、空気を読むことを学びながら、社会に馴染むことを覚えていく。

デンマークに来た当時は、調和を大事にするという点で、日本人とデンマーク人は似ていると単純に思っていたが、しばらくしてデンマーク人があまり窮屈さを感じていないことに気付き、不思議に思っていた。さまざまな経験を経て、和を重んじるというゴールが同じでも、アプローチは全く違うことが分かり、納得がいったのだった。

人は誰一人として同じではないということを実感している今、デンマークのアプローチの方がより自然なものに感じられ、この国が居心地よくなっている自分に気付く。以前はしょっ中「日本に帰りたい」と言っていたが、秩序はありつつも自分らしさを大切にできる国の自由さに慣れてきた今は、ずっとここにいてもいいかなと思う。住めば都とはよく言ったものだ。

人生は無限じゃない

自分らしく充実した人生を送る人を増やしたい、ライフコーチの石橋明子です。

突然ですが、あなたは何歳まで生きるつもりでいますか?または、何歳まで生きられるだろうと思っているでしょうか?

私は、祖母が長生きだったので、何となく80歳過ぎまでは生きられるような気がしていました。祖母のように元気で歳を取って、孫の顔を見て… と想像していました。

過去形なのは、人生はもしかしたら長くないかもと感じた出来事が、初夏にあったからです。ふとしたはずみで、胸にしこりがあることを発見したのです。硬いものが手に触れた瞬間に頭をよぎったのは、まず息子のことで「この子を残して死ぬわけにはいかない」という思い、そして「なんでやりたいことをやっておかなかったんだろう」ということでした。

その前まで私は、その時の会社で働き続けることに意味を見出せなくなっていましたし、コーチとしてやっていきたいという思いも既に持っていました。でも、いつ辞表を出すかということがどうしても決められなかったのです。経済的に不安定になるのが心配だとか、永住権を手に入れられなくなるとか、まだコーチとしてやっていくには経験が足りないとか、英語やデンマーク語でコーチングするのはまだ難しいとか、いろいろな不安材料がありました。

けれども、死を意識したその瞬間、一番大事な息子のこととほぼ同時に浮かんだのは、なぜやりたいことをさっさとやっておかなかったのか、という思いだったのです。アメリカの心理学の研究でも、死の床で多くの人が後悔することは、何かしたことではなく、何かをしなかったことだと読んだことがあります。それが本当だということを図らずも体験することになりました。

その後、永遠にも感じられた2ヶ月のウェイティング・タイムを経て検査を受け、特に異常はないことが分かり、医師からも「何も心配はいらないよ」とお墨付きをいただきました。その言葉を聞いて全身の力が抜け、辛うじてお礼だけを言って病院を出ました。自転車をこぐ内に、自然と涙が流れてきました。死なないと分かったのに、今までの出来事や大好きな人たちの顔が次々と浮かんでは消え、「走馬灯ってこんな感じかな?あ、でも死なないんだった〜」と自分にツッコミを入れながら、家まで帰りました。

(ちなみに、検査2ヶ月待ちというのは、現状のデンマークでは短い方です。コロナのせいもあって、今は3ヶ月待ちくらいが普通なようです。)

その晩、夫に、会社を辞めてコーチとしてやっていきたいと伝え、経済的なことを話し合いました。そして翌日、会社の上司に自分の気持ちを伝えました。上司はちょっと難しいところのある人で、感情的な反応をする人だったので、どういう反応が返ってくるのか不安があったのですが、すんなりと「OK。明子の気持ちはよく分かるわ。」と言ってくれました。

そこから先は、沢山の同僚が英語やデンマーク語でコーチングを受けてくれたり、プロフィール写真を撮ってくれたり、ビジネスアドバイスをくれたりと、本当によくしてもらい、あっという間に退職の日を迎えました。

振り返ってみて思うのは、上司が怒るのではないかとか、周りの人に無謀だと思われるんじゃないかとか、私が心配していたことは、全くの取り越し苦労でしかなかったということ。そして、例えそういったことが本当に起こったとしても、それが自分の決断に影響を与えることは全くなかっただろうということです。何を恐れていたんだろうと思いますが、多分私が一番恐れていたのは、自分の人生の責任を引き受けること。

独立すれば、ビジネスが上手くいかなければ自分のせいです。何でも自分でやらなければならないし、責任を持たねばならない。それが怖かったのだと思います。でも、逆に言えば、自分がやればやっただけ、成果が見える。何事も自分で決めることができる。何よりも自分のことに自分が責任を持つ以上に、成長する機会はないのではないでしょうか。

このようにして私は、ちょっと痛い思いをして、人生最大の決断の一つをしました。そして、独立して以降、そのことを一瞬も後悔していません。支えてくれる人もいますし、遠くにいても同じように頑張っている仲間もいる。幸せなことです。

今あなたは、自分の人生に満足していますか?イエスなら、素晴らしいことです!もしノーだとしたら、いつ人生を変えるための決断をし、行動しますか?

人生は、自分が思っているほど長くはないのかもしれません。一瞬一瞬を大切に、楽しみながら過ごしていきたいと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。あなたの幸せを願っています。

With love,

Akiko

Instagramやnoteも随時更新しています。コーチングのお申し込みはこちらから。

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NLPマスタープラクティショナー資格コース座学を修了しました!

マスターコース講師の皆さんへ、受講生からのサプライズ企画

今回のメンバーが揃って受講するのは今日が最後でした。素晴らしく温かいチームだったので、終わってしまうのが残念でした。


本日は理論部分の総まとめとしてのコーチング実践でした。マスターコーチと名乗るのは決して甘くはなく、仲間や講師からの厳しいフィードバックも飛んできます。でもそれこそが、今の私たちに必要なもの。


お互いに課題や成長のためのフィードバックをしてきた過去9日間があったからこそ、手を挙げる覚悟も今日のフィードバックを受け取る素地もできていたのだと分かり、徹底的に考えられたコースの構成に思わず唸りました。


初日から変化を共にしてきた仲間は、自己成長の同志とも呼べる存在に。惜しげなく知識もスキルもエネルギーも愛も分けて下さった講師の先生方は、師匠とお呼びしたいです。
ここで学んだ技術を世の中に循環させ、一人でも多くの人が自分らしく生きられる世界を実現するべく、コーチングを提供していきます。

コーチングがどのようなものか、関心を持っていただいた方は、ぜひ体験コーチングをお申し込み下さい。お話しできるのを楽しみにしております。

自分の人生は、自分に任せる

お世話になっていたヨガの先生からいただいた、武田双雲さんの日めくり。毎日心に響くことばが出てきます。

心に響く言葉が沢山詰まった、こちらの日めくり。先日の片付けで再発掘したもののうちの一つです。

誕生日だった昨日の言葉は、「自分の人生を他人に任せない」。新しい一年のモットーに相応しいメッセージで、「きたー!」って感じでワクワクしました。ただ、私が大好きなNLP(神経言語プログラミング)の観点から言うと、脳は否定形を認識しないので、いわゆるポリシーやモットーのようなものは、肯定形にしたほうが効果的です。

そこで言い換えたのが、今回の投稿のタイトル「自分の人生は、自分に任せる」。「自分の人生は自分で決める」でも良いと思います。

この言葉を聞いて、あなたはどう思いましたか?「いいね、私もそう!」それとも「それが理想だけれど、実際にはねぇ」?

私の以前の考え方は、後者でした。だって、人生には自分ではどうにもできないことがあるし、家族の気持ちや彼らのやりたいことだってあるし、自分一人で何でも決めるなんて、自分勝手だし無理。そんな風に思っていました。

でも、その考え方の裏にあったのは、自分が責任を取りたくないという逃げの気持ちでした。私が思った通りにみんなに合わせてもらったら、上手く行かなかった場合は私が責任を取らなければならない訳です。そんなの怖い、無理ムリムリ…。だから、自分が思うことを主張してみるけれど、周りを説得しようとはしないし、相手の「ために」自分が折れたことにして、矛先を納めていたのです。

今振り返ると「うわー、ずるい」と思って、穴があったら入りたいという気持ちになりますが、その時の私は、自分のそんな狡さに全く気付いておらず、夫はどうして私の気持ちを優先してくれないんだろうと怒ったり悲しんだりしていました。

実際のところ、今だいぶニュートラルな視点で捉えても、夫は結構マイペースで自分中心な考え方をする人であることは事実なのですが(笑)、私が自分の逃げを相手に投影しなくなった分、感情的に相手に突っかかるようなことは無くなりました。

自分の人生の責任は、自分で取る。その覚悟をした上で、相手とどうするべきかを話し合うのとそうでないのとでは、話し合いの論点がまったく異なるというのは、想像に難くないと思います。

自由と責任は表裏一体。責任を取ると聞くと、重たく感じるかもしれませんが、自分のことは自分で決めると考えると、ワクワクします。とはいえ、人に任せる生き方を否定するつもりは全くありません。人に任せると決めることも、自分が決断することです。その選択に自分が納得しているのであれば、全然悪いことではありません。

ポイントは、自分がその選択に納得しているかどうか。納得していないと、過去の私のように、誰かのためにと言ってやっていることで自分が満たされない気持ちを抱えることになるのではないかと思います。蓋をした感情は、行き場を求めてさまよい、時々暴れたりしますね。

自分より周りを優先しがちな方、自分の本当の気持ちはきちんと満たされていますか?もし答えがノーだったら、自分の心が求めているものは何か、今一度じっくり聞いてみてあげましょう。

自分の人生は、他の誰でもない、自分に任せてみませんか?

この世界は、実は愛にあふれている

先日、沢山の書類や写真を片付けていて思ったこと。それは、この世界は自分が気付きさえすれば、愛に溢れているのかもしれないということでした。

家族や友人から届いた手紙やカードには、遠くで近くで見守ってくれていた人たちの温かい気持ちが詰まっていました。写真の中の私は、大きな笑顔で笑っていました。私が撮った写真には、自然への畏敬の念や賞賛する気持ち、息子や夫を愛おしく思う気持ちが写っていました。それを見て思い出した日々は、確かに楽しく充実していました。それで、「なーんだ、楽しかったんじゃない!」と改めて気付きました。

けれど、先が見えなくて苦しかった時期に振り返った過去は、辛いものに見えていました。

例えば、就職したばかりで職場の人間関係で苦労していた時。アフリカで、自分の力があまりにも小さいと無力感に打ちひしがれていた時。新生児を抱えて夜中も頻回に授乳していて寝られなかったり、自分よりも誰かを優先して暮らさないといけないと思っていた時期。意図せずして主婦生活が長くなり、このままもう社会に戻れないんじゃないか、自分を取り戻せないんじゃないかと絶望感を抱いていた時。デンマークで自分が望むキャリアに戻るため、転職活動をしたけれど一向に報われなかった時期。

上記の言葉遣いからも分かりますが、それらの時期を振り返って私が覚えていたのは「辛かった」という気持ちでした。もちろん、小さな喜びの瞬間も覚えてはいたのですが、総じて大変だったという気持ちの方が印象に残っていたのです。

それはつまり、先が見えなくて苦しかった時期の私は、問題の原因を探したいと思うあまり、過去を振り返る目線が苦しいこと・大変なことばかりに向いていたということです。そのために、過去に実は存在していた幸せや、人からもらった温かい気持ちなどを忘れてしまっていたのでした。

人間は同時に二つの相反する感情にフォーカスすることはできません。幸せを感じながら不幸を感じることはできないのです。過去に執着しながら、未来に目を向けることはできないのです。

今振り返ると、ほんの一部のネガティブにフォーカスしたため、まるで全体が暗かったかのように感じてしまっていたなんて、本当に勿体なかったと思います。本当は沢山幸せな瞬間があリ、沢山の愛や幸せを受け取っていた。だからこそ、ここまでやってこられていたのです。

今、こうしたことに気付いて日常を見回してみると、愛に溢れていることに気付きます。家族や友人、近所の人、知り合いの言動に人類愛や私への思いやりを感じて、心が温かくなります。それは、私のフォーカスが愛に変わったということの証拠。自分の軸が定まり満たされて、他の人も幸せになって欲しいと本心から思うようになったからです。とても幸せなことです。

もし、あなたが今、先行きが見えなくて苦しいとか、過去の辛い経験を手放せなくて苦しんでいるとしたら、その状況の違う面を探すようにしてみると、見えてくるものが変わると思います。辛い、苦しいを見る代わりに、その経験から何を学んだか、自分はこの先どうなっていきたいのか。そちらを考えることで、先に進めるはずです。

私の経験が、悩んでいるどなたかのお役に立てば幸いです。

With love,

Akiko

Sæbyという北シェランドの街のビーチで、いくすじも重なる飛行機雲を見ました。

楽しく生きる

〜 人生は本来、楽しいもの 〜

これは2019年にバリ島でサーフィンした時。思えばこの辺りから、自分を取り戻してきた気がします。

昨日のNLPマスタープラクティショナーの講義の中で、講師の山崎千夏さんがおっしゃった一言。「人生は本来、楽しいものなんだよ。」

そうですよねー!!って、なんだかストンと腹落ちしてワクワクしました。こんな単純で大切なことを、忘れていたみたいです。

昨日・一昨日は、信念・価値というNLPの大切な項目を学んだのですが、人間がいかに沢山の思い込みを元にして生きているのか、その思い込みが生き方にどれだけ強い影響を及ぼしているのかということを、ワークも交えながら学びました。

自分の信念を書き出してみたら、まあ思い込みが出てくる出てくる。NLPを学び始めて、かなり自由になったと思っていましたが、上澄みを捨てた程度だったのかも。奇しくも昨日は満月。このタイミングでいらないものを整理すると良いと教えていただいて、自分の信念を書き出し、不要なものは手放し、新しいものを取り入れることにしました。

新しい信念は書いているだけでワクワクします。まるで自分をプログラミングしているみたいです。インストールしたプログラムがきちんと機能するように、古いプログラムはきちんと消去するという作業を丁寧にやっていかないと。

学びや挑戦が楽しい毎日の中で、千夏さんの言葉が心に響いたのは、楽しいと言えない日々を過ごした数年があったのを思い出したから。そして今、この言葉をストンと受け入れられるほど楽しいと言い切れる毎日を過ごしていることに気付いたから。

いつから毎日が楽しいと思えなくなったのか分かりませんが、必要なものは全てあるはずなのに、生きるのが楽しいと言えなかった日々があったことは覚えています。だから今、こうして「楽しい!」と言える日々を取り戻せたことが嬉しいし、支えてくれる全ての人に感謝したい。そして自分を諦めずに進んできた、私自身を褒めたいと思います。

これからも沢山チャレンジはやってくるでしょう。いろんな感情を体験することになるでしょう。でも、それも自分の目的地にたどり着くための試練なのだと分かっていれば、試練だって楽しんで乗り越えていけそうです。

人生は楽しいもの。多くの人が、そう思える日々を過ごせるといいなと心から願っています。

With love,

Akiko

Feel the fear, and do it anyway

〜 新しい一歩を踏み出す時 〜

金曜日の夕方にデンマークの会社登録番号がようやく届きました!これでめでたく正式に会社として活動できます。

今日は秋晴れで、青空に紅葉が映えていました。

独立して2週間と少し。毎日やりたいこと・するべきことが山盛りで、後ろ向き思考をしている暇がないのもあるのですが、勤めていた会社を辞めたことを後悔する気持ちは微塵もありません。辞める前は、「同僚がいない毎日なんて辛くなるんじゃないか」とか「上手くいかなくて直ぐ戻ってきたらどうしよう」なんて、少しは思ったりしていましたが、実際に独立した今はそんな気持ちは全然浮かんできません。つくづく、魂と頭で思うことが一致しているのは強いなと思います。

現時点では、経済的な安定を得るには大分頑張らないといけないし、コーチとして学ぶべきこともまだ沢山あるので、不安になろうと思えばいくらでもネタはあります。でも不安な気持ちは浮かんできません。自分でも不審に思って、どこかに潜んでいるんじゃないかと自分の心をほじくってみました。結論としては、正確に言えば、不安な気持ちは時々浮かんできますが、その不安が何を意味するのか、正体が分かっているので怖くないのです。そして、自分の努力次第で大抵のことは変えられると学んだので、あとはやるだけだと腹が据わっているというのもあります。

新しいことを始めたり、何かに向かって一歩を踏み出す時に不安を感じるのは、当たり前。変化が楽しいものだとしても、変化は人間にとってストレスだと以前に聞いたことがあります。誰でも感じる変化への不安。それに向き合った時、「怖いからやめておく」のか「とりあえずやってみる」か、どちらの決断をするかで人生は変わってきます。怖いからやめておく選択をすれば、現状維持。とりあえずやってみれば、何かが変わります。例え失敗したとしても、学ぶことが必ずあるし、一歩進んだ先の景色は前とは別のもの。そこから見える未来像も、きっと新しいものになるでしょう。いずれを選ぶにしても、フォーカスすべきは、不安な気持ちではなく、自分がどうありたいか。どちらの決断が自分の核にある価値観と合っているのか。

なんでも経験してみなければ分からないと言うのは本当で、思い切って会社を辞め、自分のビジネスを始めてみたことで、経験が増え、自分の将来像がどんどん更新されている感じがしています。これまでを振り返っても、自分が成長したな、学んだなと思う経験をした時というのは、ちょっと背伸びした決断をした時でした。海外派遣に手を挙げた時。海外留学を実現した時。国際協力の仕事に応募した時。デンマークの職場に入った時。自分にできるかな、と思う気持ちがあったとしても、挑戦することで得られる未来が魅力的だったので、やらないという選択はなかった。

かくいう私も、人生に大きな変化があって自分を見失っていた時期は、この決断力が全然発揮されず、優柔不断に悶々と悩んだりしていました。堂々巡りで考えているだけで、時間がどんどん過ぎていく焦り。周りの人の活躍が眩しくて、自分は燻っている感じがして苦しい気持ち。そんなものを感じてきたので、どっちに進めばいいか分からなくて途方に暮れる人の気持ちも痛いほど分かります。そんな人には、まず心が動いたことには挑戦してみることをお勧めします。心が動いたということは、そこに何かしらあなたにとって大切な価値観が隠されているということ。それが何かはっきり分からなかったとしても、やってみることで答えが分かります。失敗しても学ぶものがあるはずです。何より、やらないことで変わらないままの現実の中にいることは、あなたにとって価値のあることでしょうか?そこは、あなたがずっと居たい場所でしょうか?

もし答えがノーならば、まずはどんな自分になりたいかを言語化してみて下さい。そして、理想の自分になるために、今すべき決断は何か、取るべき行動は何かを考えてみましょう。大丈夫、答えは必ずあなたの中にあります。

より多くの人が自分らしく生きられますように。

With love,

Akiko

人間は、生まれる時は希望を握りしめてくるんだよ

〜 ガンジス川の畔で考えたことの回想 〜

ガンジス河で沐浴する人々。
https://tabicoffret.com/article/2555/からお借りしました。

ここ数日、なぜかインドを旅行した時のことを話すことが多くあり、これも自分の潜在意識が私に何かを気付かせようとしているのだろうと思うので、インド旅行で思ったことを振り返り、今の私が何を学べるのかを書いてみようと思います。

今振り返ると、インド旅行は色々な意味で特別な経験でした。先日、17年ぶりに日本で英会話を習っていたときの先生とクラスメイトとオンライン同窓会をしました。その時に、当時先生だったヒラリーに「明子がインドから帰ってきて話してくれたことが忘れられないから、私もいつかインドに行きたいと思っているのよ」と言われ、びっくりしました。彼女曰く、インド旅行後は私が別人のようになったと。

No description available.
当時の先生とクラスメイトたち。
17年の月日をちょびっとだけ感じました。

自分ではそんなに何かが変わったと意識していなかったので、あの時、私に影響を与えたのは何だったんだろう?と少し考えました。

タージマハルやジャイプールのお城など、圧倒的スケールで迫ってくる歴史や芸術的センス。ジャングルのような濃密な森林と排気ガスで霞む大都会のコントラスト。一見して分かるお金持ちと貧しい人の明らかな差。広大な赤褐色の平野に点在する村で、サリーを身に纏い農作業をする小柄な女性たちとのんびり道に座り込んで話し込む男性たち。ワンピースやパンジャビスーツにハイヒールで颯爽と歩く女性が闊歩している道端で、継を当てたサリーを着て物乞いをする老女。インドでは様々なものが混沌と存在していて、それでいてその中には対立するものというか、矛盾した要素が明確な秩序を為していたように思います。その混沌とした秩序というのが、日本や欧米しか見たことのなかった私には新鮮で、衝撃的だったのを覚えています。それは嫌な感覚ではなく、自分の世界が広がった感じで、とてもワクワクして興奮したのでした。

そもそも何故インドに行こうと思ったのか。直接的なきっかけは、今となっては覚えていません。私の中でインドに行きたい気持ちが高まって、友達に声をかけたら「行きたい!」と二つ返事で乗ってくれたので、行くことになったのだと思います。私はマザー・テレサの生き方に感銘を受けて看護師になったくらいなので、元々インドにはいつか行こうと思っていました。でもマザーが亡くなり、看護師として常に病気や死と隣り合わせの仕事をしていて、死を待つ人の家にボランティアに行くことも何だか気が重く、実現していませんでした。今振り返ると、そのあたりの考え方にも私がきれいごとばかり言っていて、現実的なこと・自分の手を汚すようなことを無意識に避けていたことが分かりますが、その時はまぁそんなことを思っていました。でもインドにいつか行きたいとは思っていたので、色々な本を読む中で、妹尾河童さんの「河童がのぞいたインド」と沢木耕太郎さんの「深夜特急」の二冊に刺激を受けて、先に書いたような経緯でインドに行くことにしたのでした。

ニューデリーから始まり、ジャイプール、アクラを通って、ガンジス川のほとりバラナシまで到着。遠藤周作さんの「深い河」を読んでからずっと憧れていた聖地は、想像以上の迫力で存在していました。何と言っても茶色く濁った大河が滔々と流れる様は圧巻です。勢いよく流れる濁流。そこに集うヒンドゥー教徒が祈り沐浴する姿。そして、その脇では洗濯したり普通の生活が営まれているという、また混沌とした聖地のあり方が私には新鮮でした。まさに、母なるガンジスは、喜びも悲しみも生も死もすべて包み込み、流していくのです。

バラナシでは、川岸から割と近くに建つホテルに泊まりました。もう名前も忘れてしまいましたが、このホテルで私は、私の人生観を変える会話をすることになったのです。

ひょろっとした五階建てくらいのホテルの屋上には、ガンジス川を見渡せるテラスがありました。テラスからは火葬場も見えて、ちょっと複雑な気持ちになる場所でした。でも風通しが良くて、何よりガンジス川が見えるので、そこで友人とビールを飲んでいたところにホテルの陽気なオーナーが現れました。「インドは好き?」と彼に聞かれ、私は「うん、すごく面白い」と答えました。
オーナー:「じゃあ、日本に帰らないでインドにずっといればいい。」
私:「えー、そんなの無理だよ。仕事があるもの。」
オーナー:「何で仕事しないといけないの?」
私:「え?仕事しなければご飯が食べられない。旅行にも行けないし、欲しいものも買えないじゃない。だから日本に帰って仕事して、お金を貯めてまたインドに来るよ。」

私の答えを聞いたオーナーは、首を振りながら、川岸の火葬場を指さしました。ヒンドゥー教徒にとっては、死後はガンジス河に灰となって帰ることが一番の願いだそうで、その日の夕方も岸辺には沢山の赤い火が焚かれていました。その火の一つを指差して、彼は言いました。「見てごらん。死体の手はみんな開いているでしょう。どうしてか分かる?それは、人間は死んだら何もあの世に持っていくことはできないからだよ。人間は生まれる時は、希望を握りしめて生まれてくる。だから赤ちゃんの手はぎゅっと握られているでしょう。そして人生の中でいろいろな経験をする。そして命が終わる時、人間の手は自然に開かれる。だからこの世で得た物やお金はあの世に持っていくことはできない。だとしたら物やお金を手に入れることになんの意味がある?今、この瞬間を楽しんで、家族や友達といい時間を過ごして幸せな気持ちを得る方がいい生き方でしょう。」

これを東京で聞いても「ふーん」」だったと思いますが、ガンジス河のほとりで火葬される人を見ながら聞いたら、何だかすんなり納得できました。死ぬ時は一人。何も持っていくことはできない。持っていけるのはきっと、幸せだったという思い出や、家族や友人の愛や想い、何かを成し遂げたという満足感だけ。だから、物質的な成功を追うのではなく、精神的な達成感を大切にしたいと素直に思いました。

結局その後、インドから日本に帰ってきた訳ですが(笑)、この話はずっと心の中に残っています。物質的な成功よりも、今ここにある幸せや精神的な成功を大切にする。そんな価値観を学んだから、インドから帰ってきた私が別人のように見えたのかもしれません。こういう価値観は、その後アフリカやアジアの国々で仕事する中でさらに掘り下げられていくのですが、そのお話しはまた今度。

17年後の今、振り返ってみて思ったのは、ホテルオーナーの話に共感したということは、自分の中に同じ価値観があったのだろうということ。それに出会うためにインドに行ったんじゃないかなと思います。そして、生まれてきた時に握りしめてきた希望の中身は何だったのか、知りたい。それがきっと、今の私が生きている意味なのでしょう。そして、死ぬときにどんな想いで目を閉じたいか、それを考えながらこの先の生き方を改めて考えてみることにします。

人生で意味のない経験はないし、すべては繋がっているというのはこういうことなんでしょうか。不思議ですね。無意識でも人間は自分が思う方に進んでいくもの。だとしたら、できるだけ心とアタマの距離は近い方がいいなと思うのでした。

あなたが生まれる時に握りしめてきた希望は何ですか?そして、永遠に目を閉じるときに持っていきたい気持ちはどんなものですか?それを手に入れるために、あなたができることは何ですか?

あなたが望む生き方ができますように!

With love,

Akiko